祈り
九日間の祈り
聖ヨセフの九日間の祈り
〔はじめの祈り〕
○聖ヨセフは忠実で思慮深いしもべ、神はこの人を聖家族の頭とされた。
†聖ヨセフよ、私たちのために祈ってください。
○私たちがイエス・キリストの約束を得ることができますように。
〔一日目:信仰の人〕
ヨセフは、信仰の父であるアブラハムのような信仰をもっていました。アブラハムがどのような絶望の中でも絶えず神を信じたように、ヨセフも絶えず神のみことばに耳を傾け、イエスとマリアに仕えました。
――沈黙――
〔祈願〕
†「ヨセフの息子」と呼ばれることを望まれた、私たちの主イエス・キリストの父である神に祈りましょう。
†牧者と教育者のために、聖ヨセフの取り次ぎによって祈ります。彼らの示す証しが、福音の真理の宣教となりますように。
○主よ、私たちの祈りを聞き入れてください。
†すべての家庭を配慮する責任をもつ政治家のために、聖ヨセフの取り次ぎによって祈ります。彼らがすべての人の平和を求めますように。
○主よ、私たちの祈りを聞き入れてください。
†司祭、修道者の召し出しの増加のため、また召命を受けたすべての人々のために、聖ヨセフの取り次ぎによって祈ります。彼らが寛大な心でそれに応え、主の導きに忠実に従っていくことができますように。
○主よ、私たちの祈りを聞き入れてください。
†すべての親のために、聖ヨセフの取り次ぎによって祈ります。彼らを祝福してください。そして、家庭で子どもを正しく育てますように。
○主よ、私たちの祈りを聞き入れてください。
†すべての修道者のために、聖ヨセフの取り次ぎによって祈ります。イエスとマリアに仕え、神の計画に献身することであらわされた聖ヨセフの愛を学ぶことができますように。
○主よ、私たちの祈りを聞き入れてください。
〔終わりの祈り〕
神の忠実なしもべ聖ヨセフ、あなたは賢明に救いの計画に協力し、私たちに霊的生活の模範を示してくださいました。神に近づくことで新たにされたその精神と、神のみことばに耳を傾けるあなたのような心を、私たちにください。そして、人々がキリストを知り、使徒となるよう取り次いでください。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。
〔二日目:マリアとイエスの保護者〕
ヨセフはイエスとマリアの保護者として、神に選ばれた方です。貧しかったにもかかわらず、どのような困難にあった時にも、大きな愛ですべてに打ち勝ちました。
ヨセフは神の摂理の謙虚な道具でした。彼は守護の天使のような方であり、そのため神は、御自分の子を守る使命をお委ねになられました。 ――沈黙――
〔三日目:謙遜な方〕
ヨセフの謙遜はマリアと共に「身分の低い、このはしためにも目を留めてくださった」と言うことができます。
ヨセフは人に迷惑をかけることなく、誰にも害を与えませんでした。いつも自分自身を低くし、人に奉仕する心で、一生目立つことがありませんでした。ヨセフはいつも、謙遜で忠実なイエスの父であり、マリアの浄配です。
――沈黙――
〔四日目:教会の保護者〕
ヨセフは幼子イエスを愛したように、キリストの神秘体である教会をも愛しておられます。マリアを賢明に守ったように、マリアの子どもである私たちをも、同じように守ってくださいます。弱い者を保護してくださる聖ヨセフよ、様々な困難のうちにある教会を守ってください。
――沈黙――
〔五日目:豊かな内的生活を送った方〕
ヨセフは、いつも聞く姿勢で生きました。みことばや出来事、そして人々へと注意を傾けておられます。彼の使命は、みことばであるイエスに細心の注意を払い、そのみことばを心に留めることでした。
ナザレの沈黙の中で、つつましく、開いた心でみことばを実践し、従順のうちにそのみことばを生きることを、私たちに教えてくださいました。 ――沈黙――
〔六日目:心の貧しさ〕
謙遜とは、心の貧しさであると言えます。真の貧しさは、自分自身を捧げ、物質的なものだけでなく自分の才能をも自分のものとはしません。他の人に仕え、相手の価値を認め、それを自分のことのように喜びます。このような人は神で満たされ、いつも感謝と喜びを味わうことができます。
――沈黙――
〔七日目:義人である聖ヨセフ〕
教会は、聖書のことばを用いてヨセフの徳をほめたたえます。「慈悲深い先祖たちの正しい行いは忘れ去られることはなかった。その栄光は消え去ることがない(シラ44:10,13)。」
正しく誠実な人であるヨセフを高く上げられた主よ、私たちがあなたから恵みとして受けた信仰にふさわしい生活をし、その信仰を人々に伝えることができるよう、恵みを注いでください。
――沈黙――
〔八日目:神の摂理を信じた方〕
「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている(マタイ2:13)。」
ヨセフは、困難にあった時にも、御父への全き信頼、愛、平和を失うことがありませんでした。彼は神のみことばを聴き、み旨を行うことを生涯の目標としました。
――沈黙――
〔九日目:信仰の喜び〕
喜びとは神に信頼し、すべての出来事の中に、神を見ることのできる人のうちにあります。なぜなら、神の現存は心を真の喜びで満たしてくださるからです。
ヨセフはマリアの懐妊を知った時、またベツレヘムの馬小屋で神の子が生まれた時、そしてナザレでの生活は、ヨセフの心を喜びで満たしました。これはヨセフの信仰の旅路でした。
――沈黙――